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実家

晴。

ゆっくり起きて朝食。夫も昼まで家にいるというので、家の中を片付けたり、溜まっていた資源ごみを出したり、チューリップの鉢を植え替えるために土を出したりして過ごした。

昼食を食べて、夫を見送った後、3時頃、私の実家に行くために出かけた。電車を2つ乗り継いで、最寄りの駅からバスに乗って実家へ到着。明日の移動距離を短くするためと、たまに帰る弟に会うため。それから、先日死んだ猫の遺影に手を合わせるため。息子はたまのお泊まりが嬉しくて仕方ないようだった。

実家を出て暮し始めてから17年は経つだろうか。町の境の、登ると崖にぶつかる坂の途中に実家は建っている。山の斜面にマンションも戸建もアパートも混在して貼り付いている。子どもの頃は恐ろしく感じていた大きな屋敷や工場、人の気配のない古いアパートやトタン屋根の平屋が並んでいた場所も、今では淡い色のサイディングの平らな顔の家に建て替わっている。近くにある見えない場所、ひとりでは決して入って行けない、何かが棲む闇。そういう闇が取り払われた跡が、来るたびにひとつまたひとつと増えていく。

今回は、実家の裏の小径を挟んだ場所に建っていた木造の大きな屋敷が、取り壊され更地になっていた。屋敷の主人はどこかのマンションで孫と暮らしているのだという。私が子どもの頃、ここもまた恐ろしさを感じる場所だった。屋敷の入り口には竹を縦に隙間なく並べた柵があり、その奥の庭の木々の間から古い引き戸の玄関が僅かに見えていた。坂に面したコンクリートの高い塀と家の間には犬小屋があり、錆茶色の大きな犬が繋がれていた。普段は犬小屋も犬も見えないが、他の犬が家の前を通ると、飛び跳ねて顔と前脚をぴょこぴょこ出して、大きな威嚇する鳴き声をあげていた。雨が降ると竹の柵にはカタツムリが、コンクリート塀にはナメクジがたくさん付いていた。私は主人や犬に気付かれないように、カタツムリをとったり、ナメクジに塩をかけて遊んでいた。見えない主人や犬のすぐ側で、息を殺して遊ぶことが、とにかく楽しかったのを覚えている。

この場所にも、建売の新築が4軒、同じ顔をして建つことになるらしい。

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出校日

雲。

横浜も雲だったのだろうか。今日は八王子にある大学へ行く日だったから、横浜でどんな空の下で息子が遊んだのか分からない。とても長くとても遠く離れていたように感じる。

朝、7時前に家を出るために5時に起きた。息子と夫を起こさないように下に降りて、弁当を作っていると、息子の泣き声が聞こえてきた。寝室へ行って宥めるが、なかなか泣き止まない。お母さんはお仕事に行くよと言うともっとひどく泣く。夫にも起きてもらって、一緒に下で朝食を食べているうちに落ち着いた。急いで支度をして家を出た。

大学、午前中は一年生のアトリエを廻って学生と話し、午後は二年生に自己紹介を兼ねて自分の制作について話した後、アトリエで学生と話す。大学は丘陵地にあるので、風が心地良い。天気もあるだろうが、横浜よりも新緑の色がまだ浅い。行きも帰りも電車は座れたが、帰りは疲れと大学でのあれこれが反芻されるのを遮断できず、本は読めなかった。慣れれば読めるようになるだろうか。

家に帰ると、息子はちょうど夕飯を食べながら食卓に座ったまま眠ったところだった。眠った息子を抱いて寝室に運んだ。1時間ほどすると、激しい泣き声。寝室に行って宥めるが、やはり泣き止まない。叫ぶように泣きながら、私を叩く。抱っこしようとしても拒んで、叩き続けた。30分くらいそうして、泣き疲れたのか、ようやく抱っこをせがんできた。抱っこしてやると、すぐに眠った。起きている間に帰って来なかったことを怒っていたのだろうか、体調が悪いのか。

明日はべったりゆっくり過ごそう。

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タイトルなし

晴のち雲。

二十四節気穀雨。田畑を潤す雨が降る頃。

午前中は快晴。気温もぐんぐん上がり、子どもたちは半そでとパンツで泥遊びに興じたようだ。飛行機雲が空を横に割っている。飛行機雲の後は天気が崩れるときく。雨は降らなかったが、昼頃に空が暗くなり、風が冷たくなった。

朝の送り。同級生のお母さんたちと話しながら、しばらく遠くから息子の様子を見ていた。他の子たちと同じようにやろうとしたり、先生の言葉に応えたり、首を振ったりしている息子。先生たちは言葉はかけるが、決して強制はしない。少し前までの息子は皆んなの輪から離れた場所にいて、他の子がしていることなど全く意に関せず、ひとりで遊んでいるように見えた。あの間も、輪の中に興味は向いていたのだろう。少しずつ近づき、観察して、今では輪の中で出来ることをやってみようとしている。二週間足らずで、こんな姿を見られるとは思わなかった。幼稚園児の親とは、こんなに幸せなものなのか。この多幸感、癖にならないようにしなければ。まだまだ始まったばかり。

買い物をして家に戻って家事。あれもこれもとやっていたら、すぐにお迎えの時間になった。

息子の幼稚園の場合、お迎えと言っても、幼稚園の門の中にいる子どもをピックアップするのではなく、親たちは決まった時間に集合場所の公園で、子どもたちが帰ってくるのを待つ。リュックを背負ってビーチサンダルを履き、2、3人ずつ手をつないで歩く日焼けした子どもたちの一団が、今日はどの方向から現れるかと、周囲をうかがいながら待っている。「帰ってきた!」と誰かが声をあげる。その視線の方向に目を向けると、子どもたちがそれぞれの親めがけて走って来ている。身体に対して大きすぎるリュックを揺らして、その揺れに身体を後ろに引っ張られながら走る姿がかわいい。息子はしかし、マイペース。リュックは上級生に持ってもらい、片手に花か棒を持って、たいてい鼻唄を歌いながらゆっくり歩いて帰ってくる。

おかえり。

今日は珍しく、すぐに家に帰るという。疲れているのだろう。幼稚園二週目も明日で終わりだ。

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タイトルなし

晴。

昨日よりも風が強い。気付けば桜は散り切って、若葉と空の青。雲が駆け足に頭上を流れている。陽射しでどんどん黒くなる子どもたち。また夏が通り過ぎる準備を着々と進めている。

昨日一日中外で過ごしたせいか身体が重い。関節もあちこち腫れている。

今日は早く息子を家に連れて帰ろう。

朝、家を出ようとすると「お父さんと行く」と言う息子。日々やり方を変えて、ちょっと抵抗する。お父さんは会社に行ってお仕事で、あなたは幼稚園に行くのが仕事だよと言うと、しばらく考えて、靴を履いて着いて来た。

息子を送り出した後、地区センターへ移動して、同級生のお母さんたちとタマネギの皮で子どものTシャツを染めた。下地の処理の有無や媒染液に漬ける時間で色が随分と変わる。この思い通りにはいかない面白さは、子どもたちにも体験させてやりたい。季節を通して素材を変えてみても楽しそうだ。

集合場所に戻って、染めたシャツを干しながら子どもたちが帰ってくるのを待つ。

帰ってきた子どもたちの反応はさまざま、まずは何故公園に服を干しているのかという疑問から、自分のはどれか、友達のはどれか、どれが好きか、等。ひと通り質問や感想を投げると、おやつや遊びにそれぞれが散っていく。親たちも、それを見守りながら、子どもと離れていた時間の成果物を片付けて、順に帰途に着いた。

息子は帰りの自転車で寝た。週の半ばでやはり疲れているのだろう。夜も20時には寝た。

子どもも大人も、お互いの自由を尊重しながら適度につながっていて居心地がいい。幼稚園生活に、息子も私も少しずつ慣れてきたと思える日だった。

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タイトルなし

嵐のち晴。

朝のうちに嵐が去ってくれた。

弁当を作って、息子を送り出しに集合場所へ。「お母さんと行くー」と少し渋る息子。先生に渡して離れると、すぐに落ち着いて他の子たちと歩き出した。

一度家に帰って片付けを済ませた後、幼稚園の園舎の裏の畑に行って、同級生のお母さんと作業。花も咲ききった菜の花科の野菜を引き抜き、夏野菜に備える。土を掘り返すとミミズや幼虫がどんどん出てくるが、出てきた先からニワトリの餌に。嬉しいときのニワトリの声はかわいい。

息子を迎えに行く。息子はまだまだ元気で帰ろうとしない。結局四時近くまで外にいた。

幼稚園の様子を写真で見ると、年長さんの女の子がいつも息子と手をつないでくれている。上級生と手をつなげるようになってから、他の子と同じペースで歩けているようだ。それまではいつも最後尾を先生に手を引かれていた。子ども同士で手をつなぐというだけで、大人の誘導とは違う科学反応の様なことが息子に起こっているのだろうか。写真の中の息子の表情もとてもいい。

今日はとにかく気持ちの良い天気だった。

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今日

晴のち雨。

幼稚園二週目初日。

今日から息子も弁当。いつも以上に頑張らない弁当。息子が食べるもの、腹ぺこで開けて嬉しいもの、、、シャケのおにぎり、ウィンナー、煮豆、チーズ。食べないだろうけど、欲が出てピーマンとにんじんと豚の炒め物。

息子は目覚めから登園まで上機嫌だった。送り出した後、買い物をして帰宅。洗濯と掃除の後、二階のアトリエになるはずの部屋の荷物を動かしたりする。昼近くになって、どんどん空が暗くなる。身体もあちこち痛み出す。昨夜の腹痛の残り滓のような痛みも残っている。

息子が弁当を食べているだろう時間に、ひとり家で昼食。弁当の残りの炒め物とふりかけごはん。なかなか妙な感じだ。夫と息子に弁当を持たせて、そのおかずの残りを昼に家でひとり食べる。へーこういうものか、と独り言ちる。

迎えに行くと、息子はお腹すいたと言いながら帰ってきた。弁当箱を開けると、おにぎりが一口ぶんと炒め物が残っているだけだった。すぐに今の弁当箱では足りなくなるのだろう。近くのパン屋でパンを買って食べさせた。雨が降り出すギリギリまで公園で遊び、家に帰ると疲れと眠たさで荒れる息子。こちらも低気圧で参っていたので、気持ちよく相手してやれない。このまま夕飯も風呂もなしで寝てもいいかと半ば諦めた頃に、眠たさの峠を越えたのか、急に上機嫌に。

20時半、就寝。

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昨日

昨日のこと。

晴。

夫は仕事が休み。久しぶりに3人で出かけた。

無料のチケットを申し込んでおいた子ども向けのコンサートへ。幼稚園一週目のお疲れさまのご褒美にもなるだろうと思って申し込んでおいた。百貨店の中のホールが会場だった。息子が大きくなるにつれて、どんどん足が遠のいていた百貨店と言う場所に、日曜日の昼間に行くことに不安はあったが、結果的には後悔するようなことにはならなかった。コンサートは手遊びと絵本の朗読に生演奏がついた形のもので、息子は楽しそうに身体を動かしていた。最後に長い物語の朗読があり、ここで昼寝。コンサートが終わり、夫が眠った息子を抱いて喫茶店に移動し、コーヒーを飲みながら息子が起きるのを待った。

家に帰り着いて、夕飯の支度をしていると胃にムカつき感と下腹部に膨満感。夕食後、夫と息子が風呂に入っている間に、胃の痛みがどんどん強くなり、脂汗が出てくる。風呂から出た息子に寝巻きを着せて、後を夫に頼んで横になった。この強烈な痛みは胃から腸に段々降りてくる。1、2時間すれば治る。何度も経験している痛みだ。息子と胎盤と共に出て行ってくれたのかと思うくらい、産後はほとんどなかった。何度か医者にも行ったが、ストレスが原因の神経性腸炎と言われるだけだった。また、これに悩まされるとは、全くウンザリだ。布団に入っていると、間も無くして息子と夫も寝室に来た。息子は初めて見る私の姿に不安になったことだろう。私の脇に顔を押し当てて手で私の腹をさすってくれていた。夫は背後で腰をさすってくれた。どのくらいそうしていたか分からない。痛みの波が引くのと同時に眠ってしまったようだ。

そんなわけで、日記を昨日は書けなかった。

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