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michi suwa

ベトナム料理とDrawings

日差しが暖かい秋晴れの月曜日、Hさんとランチの約束の日。美味しいベトナム料理のお店があるから食べに行きましょうと誘ってくださった。

Hさんと話す時間は特別だ。私は聞くばかりで、あまり自分の話はうまく出来ない。話さなくても全部お見通しだろうとも思う。Hさんが話してくれる日々の気付きひとつひとつに今回もおおいに励まされた。

いただいたごはんも美味しかった。ベトナム料理と聞いて舌が想像する辛さや酸っぱさや香辛料の刺激はほとんど無く、コクがあってどちらかといえば甘い。丁寧に作られた幸せなごはんだった。

取り置いてもらっていた本も受け取ることが出来た。林道郎さんの「Drawings」。林さんが手帳やノートに描き留めたドローイングが、ふっくらと軽い小さな本に収められていた。ドローイングの横に切り貼りされたテクストがあったり、裏に書かれている文字がドローイングの背後にうっすらと透けて見えていたりする。林さんの言葉の傍らでひっそりと編まれた形たち。ドローイングとはと考えさせられる。製本もひとつひとつ手作業と聞いて納得。200部限定。

購入方法などはA-thingsのツイートで確認できます↓

https://twitter.com/athings1/status/1050022309396803584?s=21

雨の地下室、つむじ風

土曜日、じゅんの火葬が終わった後、ひとりで出かけた。息子と行くにはちょっと遠い場所で見たい展覧会があると、以前伝えていたのを夫は覚えてくれていた。

東横線から副都心線の直通列車に乗って要町で降りた。地下鉄の駅から出ると、知らない街は土砂降り。もう6時を回っていたので、傘は買わずにタクシーを拾って会場に急いだ。山手通りという名前だけは知っている大きな黒い道をタクシーは走った。人工の色の光がワイパーが動くのに合わせて緩んでは結び緩んでは結びを繰り返していた。

河田さんの展覧会の会場はオーナー宅と思われる木造家屋の地下にあった。コンクリートの壁で隔たれたいくつかの部屋。何事かを見損なうまいと、目と耳と色々凝らした。それでも多分、私は見損なっただろうと思う。つむじ風。見損なうためにあそこに居たようにさえ思う。小さいつむじ風。日射で暖められた地面に前触れなく起こるのがつむじ風らしい。唐突に差し込まれる垂直。目を凝らしたところで見えるはずもない。万が一目撃出来たら、時空に亀裂が入りそうだ。

こんな勝手な感想しか書けないけれど、とにかく行けて良かった。いつまでも河田さんすごいと言ってばかりじゃなく、頑張らないと自分。頑張ります。

帰りは川沿いの道を歩いて山手通りまで出た。ただ、川も道も黒く濡れて音も雨に混ざっていたせいで、川沿いを歩いていることにすぐには気づけなかった。

横浜に戻ると雨は上がっていた。

木曜日の夕方

お腹が空いたと息子が言うので、お迎えから戻ってすぐに夕食を準備し、4時半頃に食べさせた。5時頃、自分の分を食べるために座ろうとした時、じゅんが敷物から出てしまっていることに気付く。近付いて見ると、前後の足が不自然に伸びて、全身がピクン、ピクンと痙攣していた。膝に抱き上げお腹に手をあてると、呼吸は止まっていた。ピクン、ピクンと一定の間隔で何度か痙攣して、それも無くなり、じゅんは逝った。

 

神経質で、怒りっぽくて、魚より鶏肉が好きな猫。テーブルの角に座るのが好きで、角に向かって綺麗に前足を揃え、沈思黙考という風情で座っている事がよくあった。折り目の正しい猫だった。成人してからの18年、ジタバタする私を一番近くで見ていたのはじゅんだった。息子がやって来てからは、愛しむとはこういう事だと、黙って息子の傍らに座るじゅんに教えられた。

 

金曜日は出校日なので、火葬は土曜日にお願いした。

じゅんの遺骨は、とても綺麗でしっかりとしていて頼もしかった。

 

ありがとう。

 

じゅん

朝、トイレに入るとタイルの床にじゅんが横たわっていた。灯りをつけて声をかけると、足を震わせながらゆっくりと立ち上がり、隣の暗い納戸の中に入っていった。

息子を送った後、夫がじゅんを動物病院に連れて行った。間もなくして電話が鳴った。夫から、点滴をしたが意識がない様だと。タクシーを呼んで動物病院へ向かった。キャリーケースが解体されて底の四角いトレーだけになったものの中に横たわったじゅん。助手と思われるマスクをした女性がタオル越しにじゅんの体にドライヤーをあてている。顔に生気はなく、撫でても反応はなかった。体温も血圧も下がっているから、湯たんぽのようなもので温めてあげると心地良いかもしれませんと、獣医が言った。トレーに入れたまま膝に乗せて、タクシーで家に帰った。

体にかけたタオルはゆっくりと上下に動いている。たまに話しかけ、たまに湯たんぽを温めなおし、たまに頭を撫でて、傍らにいた。

お昼をまわった頃、目や耳が少し動くようになった。話しかけると、尻尾の先を少し動かして応えた。じゅんほど尻尾で情緒を表す猫はいないのではと思う。大抵は迷惑そうに、構ってくれるなと、パタンパタンとわざと床を鳴らすように尻尾を振る。今は先っぽのかぎ型に曲がったところを少し動かしているだけだが、それがとてもじゅんらしく、流石だなと思う。

それからは、震えながらもゆっくりと体の向きを変えたり、首をもたげて周囲を見たりし始めた。夕方には、自分の足で歩いて猫のトイレコーナーまで行き用を足せるまでに回復した。息子が幼稚園から帰ると、体を半分起こして息子の姿をじっと見ていた。夜は、いつも寝ている2階のベットまで、ゆっくりと階段を上っていった。

ただ、餌や水を口にしようとはしない。

目はさらに深く細くなっている。

もう少し、もう少し、とその時が来るのを引き延ばしながら、それでもやっぱり、その時を待つことしか出来ない、そういう時間を過ごしています。

かざりとじゅん

曇。日差しはなく、肌寒い。

朝、久しぶりに夫の分も弁当を作った。息子と夫を送り出してから、カブトムシのかざりの餌を変えようと虫かごを開けた。かざりは動かなくなっていた。命日は昨日だったかもしれない。飼い始めた時すでに外側に折れ曲がっていた左の後ろ足は取れてなくなっていた。ティッシュで包んで、息子の幼稚園のお迎えに持って行き、息子と一緒に公園の木の根元に埋めた。去年のかざりより少し小さくて、少し長く生きた。

18歳の雄猫のじゅん、ここ数日で細い体がさらに細くなって、目が深くくぼんできた。今日は朝から、立ち上がると腰から後ろ足が小刻みに震えている。餌も水も欲しがりはするが、口もとに持っていっても口にしようとしない。これまでも何度か水を飲めなくなって、もうダメかということはあった。その時は病院で水分を注射してもらって持ち直した。今回はどうだろうか。明日の朝、夫が病院に連れて行くことになっている。

秋、曇、週末

少し肌寒い、薄曇りの日が続く。

金曜日は大学。午前も午後も学生と話す。

土曜日はあざみ野の市民ギャラリーへ。リウマチの気配が出始めた妊娠前から息子が歩き出す頃まで、このあたりの病院に通っていた。市民ギャラリーのある施設には子供の遊び場と託児室が併設されている。通院の日はこの遊び場で息子と遊んでお昼ごはんを食べてから、病院に向かうことが多かった。病院を移ってからは、あざみ野に行くこともすっかりなくなった。

今回は息子を託児室に預けて、アーティストトークを聞いた。西村さん、今井さん両氏に共通して、夜景についてが興味深く、ひっかかり。多分それは、ものの実体の対岸のこと。トークは3時間というなかなかの長さで、託児室に迎えに行くと、息子は少し眠たそうにしていた。一緒に展示を少し見て、また元気になった息子はカンガルーになって跳ねながら駅までの坂を下った。

日曜日の今日はいよいよ夫の試験の本番。頑張れと見送る。昼過ぎに息子と自由が丘へ。橘田さんの新作、すごい作品だった。作品に問われたことをちゃんと考えたい。

息子は今日も、行き帰りの電車、ギャラリーでも、ずっと絵を描いていた。