部屋に流れる時間の旅

雨のち曇。

息子は元気。一番に目を覚まして「もう起きようよー」と急かす。一緒に下に降りて、ゆっくりと朝食の準備。息子は昨日と打って変わって怖いくらいに聞き分けがいい。昼前に息子を夫に託して家を出た。

三軒茶屋のシアタートラムへ。以前はしょっちゅう来ていた場所。しかし、ここ何年かは足が遠退いていた。世田谷線の改札とシアタートラムとキャロットタワーに囲まれた広場のサブウェイが懐かしい。キャロットタワーの地下のリトルマーメイドでパンを2つとコーヒー。劇場ロビーでチケットの受付けを済ませて、少し周りをうろつく。開場時間にロビーに戻り、整理番号を待って客席に着いた。

チェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』を観た。2012年のある男の部屋。開演後しばらく男は客席に背を向けて椅子に座り、特有の虚ろな動きを続けている。その男に「ねえ、覚えてる?」と薄く笑みを浮かべて、2011年3月11日の地震の前後のことを話し続ける女。男はほんのたまに「そうだっけ」と曖昧に応える。女の言葉は男に向けられているのだが、発せられた先から中空を漂い、時間をかけて客席に沈む。もう一つ椅子が空いているが女は座らず、部屋の中のもの(カーテン、テーブルの上の水の入ったコップ、ターンテーブルで回る石…)を玩びながら、男の周りを怪しくゆっくりと動きまわる。もう一人の女が、これから恋人になるこの男の部屋へと向かっている。登場するのはこの3人。舞台は終始部屋の中。静かに一定のテンポで進む芝居の横で微かな音と共にゆっくりと明滅する電球。舞台中央のカーテンの向こう側、ターンテーブルの脇、車の車輪ほどの大きさの曇りガラスの円盤の向こう側、玄関らしき位置に取り付けられたキャビネットの中…で電球が、呼吸するように、静かに目を閉じるのを促すように明滅していた。芝居が進むにつれ「ねえ、覚えてる?」と話す女は一年前のあの地震の4日後に死んだ男の妻であることが分かる。幽霊となった妻の口から語られる、地震から死ぬまでの4日間に感じた、地震をきっかけに世界は生まれ変わり人々が助け合う素晴らしい場所になるという希望の行方を、2017年の今を生きる観客は知っている。観客の深い嘆息が明滅する光に交わる頃、晴れて恋人になり手を握る2人とその横で変わらず薄く笑みを浮かべる妻の幽霊を部屋に残したまま、芝居は幕を下ろした。『地面と床』(2013)に続く、あの日から変わりながら生きる者と留まろうとする者の物語。「ねえ、覚えてる?」と問われ続けることを、幽霊の生きる未来を正視することを、演劇という逃れようのない此処で体験せねばならなかったのだと、思わざるを得ない現在を私は生きている。

劇場を出てすぐに世田谷線に乗って下高井戸へ。JAZZ喫茶で大学の同級生の展示を見る。黒インクの勢いのある線で描かれたJAZZ奏者たち。上手いなあと唸る。奏者に詳しければまた違った楽しみ方も出来たかもしれない。たまたま一緒になったもう1人の同級生と3人でしばらくコーヒーを飲みながら話す。懐かしい楽しいひと時。展示に合わせて作ったというトートバックを購入。2人と別れて、急いで帰った。

最寄り駅の近くにあるピザ屋で夫と息子と合流。そこでピザとペンネとアルコールを少し。夫は風邪を息子にもらってしまった様子。

息子は21時半就寝。

 

広告を非表示にする