花見

晴。

今日は、以前から予定していた高校の同級生3人とその子供たち、息子も含めて7人(上は小3下は2歳)での花見。

通っていた高校の近くの公園で花見をした。桜は三分咲き程度。子供が7人も集まったものだから、何から何まで賑やかだった。息子は普段あまり会わない年もバラバラな子供たちに戸惑って、しばらく私の膝に座って動かなかったが、徐々に年上の子たちの誘いにこたえるようになり、最終的には熱が出るのではと心配になる程のはしゃぎようだった。

彼女たちと出会ってからもう20年も経ってしまったことに改めて愕然とする。苗字も暮らす環境も、取り巻いていることは変わったけれど、顔を合わせれば変わらないと思うことが多い。知りたい近況や知らせたい変化の報告が一通り済むと、話題は目の前の子どものことがほとんどにはなる。ただそれは、20年前は受験や恋愛だったことに置き換わっただけだ。目の前のことを共有して、笑い、話している。顔も声も話し方も変わらない。

楽しい時間だった。

先日、母が大学卒業以来会っていなかった古い友人に会った時のことを幸せだったと話していたことを思い出した。幸せという言葉がひっかかっていた。誰かと会った時のことを、私は幸せとは形容しないだろうと思ったのだ。楽しかったと言うことは出来ても、幸せだったというのは躊躇してしまう。出会ってからの時間の長さの違いか。私は友人たちと変化の途上にあり、母と友人が至った場所にはまだ達していないということなのか。単純に喜びの深さの問題ではないように感じた。

 

身体のこと。

左手首が腫れている。足首足指、腰が夕方から強く痛みだす。一度効果の出た生物学的製剤が効かなくなることはあるようだ。調べてみると薬のエスケープ現象というらしい。

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