「地面と床」チェルフィッチュ

不気味な空気が漂うまま年を明けるのだろうな。


先週見たチェルフィッチュの「地面と床」の横浜公演。
忘れないうちに少し書いておきます。


登場人物は5人。
中流でまっとうに生きる長男、
復興工事の職を得て長男に借りた金を返しにきた次男、
日本語のマイナー性を執拗に説く引きこもりの女性、
そして、長男の嫁(身籠る母)と二人の息子の母の幽霊。
この芝居には二人の母親が居る。
身籠る母は子どもをこの場所で育てないという可能性を硬く握り締めて、
頑なに子を守る母であろうとする。
(ワンピースの裾を握り腕をピンとはる子どものような仕草。)
対して、幽霊となった母はこの場所に永遠に留まる者。
そして、この場所で得た復興工事の職に誇りを持つ次男に徹底的に寄り添う。
震災後の虚脱感と無職であるという状況を脱した次男。
(墓の上に屈み込み手足を断続的に動かし亡き母に直接語りかけようとする。)
彼の言葉には、いつの間にか愛国心的なものがするりと入り込んでいた。

複雑に引っ張り合う何本もの糸がその緊張感を最後まで緩めることなく、
突きつけてくる震災以降の私たちが肌で感じてきた時間。
岡田さんが言う、震災以降携帯してきた緊張感の増幅の必要性が、
リアルに切実なこととしてせまる。
抽象性の高い舞台装置、音楽は効果か安心材料か、
それは両方でいいのでしょう。

とても面白かった。

http://jimen.chelfitsch.net/

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