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michi suwa

展覧会のお知らせ

アズマテイプロジェクト#12 諏訪未知 

「 凧の回転、水の落下 」

2020/2/29-3/29 土日開場 14:00-18:00 / open only on Saturdays and Sundays

(open on 2/29, 3/1, 7, 8, 14, 15, 21, 22, 28, 29)

アズマテイプロジェクト / AZUMATEI PROJECT   google map 
〒231-0045 神奈川県横浜市中区長者町7丁目112番 伊勢佐木町センタービル3F  
* JR関内駅から徒歩5分 横浜市営地下鉄ブルーライン伊勢佐木町者町駅から徒歩4分(伊勢佐木町ドン・キホーテの向かいのビル。つけ麺大王の横、緑の階段からのぼる。)

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地元横浜での初めての展示です。まだまだ制作中。。。よろしくお願い致します。

以下は、企画者の石井琢郎くんの紹介文です。

 

ー諏訪未知は平面の絵画を主とし、立体の作品も制作している作家だ。
しかし、彼女の平面の仕事からは、立体的な視座を感じ、また、立体の仕事からはどこかしら平面的な眼差しを感じる。
私は、彫刻をつくる時に気になるものがある。
平面に書いた図や考えをもとに立体を作っていく時に必ずと言っていいほど矛盾や違和感が生じることだ。
しかしそれが彫刻の面白いところでもある。
「対象を見下ろす視点」彼女はそう語る。瓶を見つめながら瓶の真上から真っ直ぐに見下ろした瞬間、高さが消え去ったかのように平面的な円を感じる瞬間がある。
立体であるが、平面的に見えてしまう瞬間のダイナミックな転換を、画面に対する垂直性を、いかに平面に取り込むかといった視点を諏訪作品から感じ、
そしてそれは、彫刻制作で感じている矛盾とは真逆のアプローチのように思う。
諏訪は、両手の届く範囲の物事から思考し、決して大袈裟な意味ではない傍にある生の断片を、絵画という手法によって平面に転換する緊張の中から、現実世界の再認識を試みているように感じる。
そのような諏訪作品から目が離せない。
石井 琢郎(本展企画者/彫刻家)

 

立春

もう立春春分まであと45度。あっという間にひと回り。

昨日、息子の幼稚園には鬼が出た。怖い鬼が先生なのは分かっているけど、やっぱり怖い。広い公園を子どもたちは、息をひそめて逃げる隠れる。ばらばらに散らばるのかと思いきや、何人かでまとまって、泣いてる下級生をなだめながら安全な場所を探して隠れていたみたい。心身共に疲れ果てた様子で帰ってきた。先週は先週で中耳炎になって、お休みの日が続いた。病みあがりでの鬼退治はかなり応えた様子。

息子が鬼から逃げている頃、春から通う小学校で保護者説明会があった。これから6年間、関わることになるたくさんの人に会った。

卒園、入学のそわそわと、個展の準備でまだまだ落ち着かない。

懐かし恥ずかし昔の画像を発見。息子が8ヶ月頃、手帳にペンで描いた息子の寝顔。手帳はどこかに行ってしまった。「朝、下り」とメモがあるから、息子のお腹の調子が良くなかったのだろう。

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おめでとう

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日曜日に息子の七五三のお祝いをしてもらった。円ちゃん、おめでとう。

 

今週は年賀状書きと繕いもの週間。繕いものは始めるとなかなかやめられない。息子のズボンの穴を探して探して、もう繕うものもなくなってしまった。

昨日のこと。

年に一度、この時期に息子の幼稚園では、陶芸体験という催しがある。北鎌倉の浄智寺の傍にある小さな工房でお皿を作る。この日は、希望すれば保護者も参加して良いことになっていて、以前から息子にお母さんも来てと言われていたので、最後の年だしと参加した。

行きの電車、息子が嬉しそうに私にくっついていたのを見た先生が、息子をからかった。ここからが大変。怒った息子は先生に一通り反撃して、黙って動かなくなった。乗り換えのホームでみんなから遅れても、帰ると言って動こうとしない。電車が到着したので、他の子のママの抱っこで無理矢理乗車。一駅分、泣いて叫んで暴れ続けた。目的の駅でも、抱っこで何とか降してもらう。降りがけに、前にいた初老の男性が肩ごしに何か吐き捨てるように言っていたが、息子の泣き声で聞こえなかった。ホームでまた動かなくなったが、何とか手を引いて移動を始める。浄智寺の入り口までは泣きながらも歩いた息子、いよいよ工房が近くなるとまた動かなくなった。紅葉が美しい山道では、泣き叫ぶ声にもさほど追い詰められない。駅のホームで泣いて動かなかった時に、通りがかりのおばあさんが息子の上着のフードに入れてくれた飴のことを思い出して、その飴を息子の口に入れた。さあ行こうと歩き出すと、ストンといつもの息子に戻り、目的地への道を案内してくれた。工房に着くと、けろっとして先生と落ち葉探しに出かけた。他のママたちとヤレヤレすみませんでしたと話しながら、私も落ち葉探し。丸く伸ばした粘土に落ち葉を載せて、釉薬を塗り、落ち葉を剥がすと、葉の跡が綺麗に残る。この皿を見るたびに、泣き叫ぶ息子と手を繋いで歩いた山道の景色を思い出すだろうな、と。

お皿作りが終わったところで子どもたちとは別れ、ママたちとお昼ご飯を食べたり、お土産を買ったりしてゆっくりと帰途についた。

ぽっかりさっぱり

今日は集荷。午前中にヤマトさんに作品を引き渡す。ひとまず、ひと段落。ぽっかり空いたアトリエの壁に制作途中の絵を並べ直す。

午後、お迎えついでに幼稚園ママに髪を切ってもらった。息子と2人、頭が少しさっぱりした。帰りにザッと雨に降られる。

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幼稚園では小学校に遊びに行ったらしい。

「しょうがっこうておおきいね」

されど、死ぬのはいつも他人

風邪をひいてしまった。

雨の金曜日、慶應アートセンターの「彼方の男、儚い資料体」を見に行った後、結局お泊まり会は参加しないと決めた息子を園に迎えに行った。冷たい雨の中の下山が、身体にきてしまったらしい。急いで迎えに行ったというのに、息子はもう少し遊びたかったとふてくされていた。

土曜日も降り続ける雨。息子と出かけたかったが、体調も悪いので断念。夕方頃、熱が出てきた。息子は元気、風邪をうつさないようにと別の布団で寝てもらう。

今日、日曜日は幼稚園の同級生家族とバーベキューの予定だった。見かねた夫がかわりに息子と参加してくれた。2人が出かけて静かになったリビングで、まだ読んでいなかった「彼方の男」展のハンドアウトを開いた。そこに、この言葉があった。デュシャンの墓碑銘。不思議なことに、この言葉に遭うのは、今週に入って3度目だ。2度目はノートにメモを残した。全く偶然ではあるけれど、3度目に、このやや格言めいた言葉の先に河原温というしなやかなレイヤーを見ることが出来てよかった。奥村作品もまた、確かならざる者の確かならざる死についての「儚い資料体」として、この言葉に応答するしなやかな在り方そのものだった。

熱はひいてきた。夕飯は、バーベキュー土産のカレーを頂こう。