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michi suwa

出校日

晴。

今日も出校日。

息子は幼稚園で忍者になる日。毎月一度、忍者の先生に刀や手裏剣を教わる。甚平を着て腰紐を結び、プラスチックの刀を持たせて登園するよう夫に伝えて、家を出る。

大学は昨日に引き続き講評会。昨日より楽しめた。人に見せる欲望について考える。見る見せる見せないの隙間の垢のような、認識の網にかからないものは堆積を許してくれるだろうか、現れた先から消えていくものか。この日記のことも。読み返す時間というのもまた。

帰ると息子は眠たそうにしながら母と遊んでいた。幼稚園が15時までの初1週間が終わった。お疲れさま。

出校日

快晴。

今日は出校日。息子も5時に一緒に起きる。息子の幼稚園はこれから毎週木曜日が遠足になる。今日は葉山の海で磯遊びだ。水着とライフジャケットで登園する。夫に息子の身支度や持ち物の指示をして急いで家を出た。

大学は講評会。今日と明日の2日間、午前は1年生、午後は2年生。かなり消耗するが、立ち会えることは嬉しい。大学のまわりの緑は2週間前から随分濃くなって、数メートルの単位で近づいている感じがする。水木の花だろうか、遠くに白いモヤのように見える。

7時近くに家に着くと、息子はすでに眠たそうにしていた。急いで風呂に入れて、少し塗り絵をして絵本を読んで寝た。

満月。

タイトルなし

雨のち曇。

久しぶりに体調のことを。手の朝のこわばり腫れは変わらず。おにぎりを握るのがきつい。ただ、手の痛みは時間とともに和らぐ。それに比べて足の裏の痛みは一日中ある。座るにしろ立つにしろ、少しまとまった時間を同じ姿勢で過ごすと固まり、歩き出すと踵に重心をかけられず、びっこのようになる。

朝から夫と一悶着。理由はひとつ、言葉が足りないこと。難しい。

幼稚園は小雨の中でスタート。息子は機嫌よく登園。見送った後、ホームセンターへ。小学生たちが担任に連れられて、植木鉢を買いに来ていた。植木鉢は学校で配布されるものと思っていたが、買い出しも授業に組み込まれているのか。ホームセンターからそのまま園舎の畑へ。やむと思っていた雨が強くなってきた。ニワトリに邪魔されながらじゃがいもの土寄せだけして家に帰った。早めのお昼を食べて、アトリエ作りの続き。だいたい制作環境は整った。ようやく取り掛かれる。

お迎えの時間。あの程度の雨は問題ではなかった様子。今日も相当歩いたようだが、元気に帰ってきた。明日は葉山の海に行くというので、そのままショッピングモールへ水着とラッシュガードを買いに行った。家に帰って、風呂と夕飯。7時過ぎに就寝。

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息子が撮った電気スタンド。

タイトルなし

晴時々曇。

息子は昨日の疲れがあったのか、あれがしたいこれがしたいと言って、幼稚園に行くのを渋った。こういう時でも、幼稚園に行きたくないとはっきりと言うことはない。遠まわしに行く気になれないことを伝える。それでも、いざ出かける段になれば、自ら靴を履いて玄関を開ける。

送りの後、ランニングとかけっこの様子を見た。かけっこでは相変わらずビリケツの息子だが、走り終わるたびに、私を見て誇らしげに笑う。こちらも大袈裟に拍手してガッツポーズを送る。じゃあね行ってきますとみんなと活動場所に移動する息子を見送って、家に戻った。

ようやく壁と床の塗装が終わった二階のアトリエスペースに物を動かしつつ、画材と作品の整理。収まるはずがないと思っていたが、意外ときれいに収まってくれた。掃除と夕飯の用意をしてタイムアウト

迎えに行くと、息子はにこにこで帰ってきた。充実して楽しい時間だった様子。家に帰ってからは、やはり風呂と夕飯までがなかなか難しい。幼稚園は楽しい反面、我慢もしているのだろう。家にいる間は自分のペースで、やりたいことをやりたいときにして、その全てに構って欲しいのは分かる。折り合いのつけどころはまだまだ手探りだ。

 

なびす画廊が閉じるとの知らせが届いた。ギャラリー現も来月までとか。場所も人も移ろい行くのは必然。同世代の展示場所は中央を避けるように散らばり、銀座や京橋に行くことも日に日に少なくなっていた。現在の藍画廊のスペースがギャラリー21+葉だった頃に3回展示をした。当然お隣のなびす画廊のオーナーもスタッフの方も毎回見てくれていた。何にも分からずひたすらに見てまわっていた学生の頃から、作り続けることに迷いモヤモヤとしていた20代、自分に苛立ちながらあの首都高わきの道を何度歩いただろう。貸画廊がどうこうと誰が言うのもあまり興味はない。ただ、一抹の寂しさだけ。

タイトルなし

快晴。

ゴールデンウィークが終わり、また幼稚園の日々が始まった。幼稚園は今日から来年の3月まで15時終わり。慣れるまでしばらくは息子もしんどいだろう。久しぶりの登園に不安はあったが、息子はすんなりと先生とランニングを始めた。

息子を見送った後、園舎でニワトリを放して畑の水遣り。日差しが強く、遣った先から土が乾いてしまう。園舎の花が一番の盛り。気持ちの良い場所。

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家に戻って洗濯2回。昼食を済ませてから、夫から引き継いだ二階の床塗り作業。ひと息つくとお迎えの時間になっていた。

お迎えに行くと、息子は先生に抱っこされて最後に帰ってきた。目には涙。最後の帰り道で泣き出したらしい。ちょうど眠くなる時間、疲れているのもあって泣けてきたのだろう。しばらく抱っこして落ち着くと「ちょっとだけ先生に抱っこしてもらっちゃった」と自ら反省会。疲れて眠い息子を連れて帰り、寝てしまう前に風呂に入れて夕飯を食べさせる。これから毎日、この夕方の数時間に振り回されることになりそうだ。

タイトルなし

晴時々曇。

夫は今日から仕事。息子と2人で何もない休日を過ごすのもずいぶんと久しぶりのように感じる。これからしばらく先も今日のような休みはない。

10時頃、息子と家を出てクリーニング店へ。クリーニングを出すのは引越してから初めて。特に調べずに一番近い店に行ったが、期待通り初回は半額。冬物のコート類をまとめて出した。

近くのショッピングモールで息子の幼稚園で必要になるものを買い足し、ペット屋で魚や小動物を見てから、ラーメン屋で昼食。食料品を買って帰ろうとするが、息子が公園へ行きたいと言うので、しばらく公園で過ごす。少し雲が出て風が冷たくなってきた。息子も眠いのか機嫌が悪くなってきたところで帰路に。

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家に着くと息子は自転車の後ろで眠っていた。

 

やるべきこと、やりたいこと、読みたいものの量と動いていられる時間があまりに掛け離れていてただただ焦る。胃が痛い。

休日

快晴。

立夏

今日は息子を夫に預けて1人で外出。

長年の願いであったA-materialsのセミオーダーのための採寸へ。ブルーのポリエステルの生地でパンツを作ってもらう。2月にAはクローズしたので、今日は直接、縫製さんの仕事場にお邪魔した。AのオーナーのHさんとも久しぶりにお会い出来た。Hさんと話すと不思議な程に勇気が湧く。言い訳せず堂々と素でいたいと思える。体調のこともいつも気にかけてくれる。その言葉が本気で私の痛みに向けられていることが分かる。他人が感じている痛みに対する想像力というものはどの様にして備わるものだろう。自分も他人の痛みに同情や上部の言葉でなく、向き合うことがいつか出来るようになるだろうか。

仕上がったパンツの受け取りのときにまた会いましょうとHさんと別れた後、日比谷の映画館に滑り込み、『ムーンライト』を観た。評判通りの美しい映像。ストーリーは要約してしまったらステレオタイプな物語にしか聞こえないだろう。それでも、月明りに浮かぶ少年シャロンの肩甲骨の稜線、少し荒い青年シャロンの肌の光の粒、成長したシャロンの細い目の深さ、色の揺れと音楽と登場人物たちの寂寥感が映画を魅せてくれた。ただ、母親の描かれ方はあまりに簡単で残念。

家に帰ると、夫と息子は二階の寝室で絵本を読んでいた。今日1日のことを思い出しながら楽しそうに話してくれる。夫曰く、息子は夕食のときにテレビを見てはいけないと言い、夕食を食べ終えるとすぐに風呂に入ると言い、風呂から出ると歯を磨くと言い、すべて済むと二階に行って寝ると自ら言った、らしい。いつもなら、そのいちいちに抵抗して私のイライラをどんどん積み上げて、どこかのタイミングで積み上げたイライラをブチまけさせる息子。まあ、そういう役回りなのだろう、母親というのは。息子はどうするべきかを自分は知っているということを、普段は居ない夫に教えているつもりだったのかもしれない。

たまのお母さんの休日。

ありがとうございました。