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ケガ

晴。

風が強い。昨日の穏やかな風とは違って、外にいると疲れる風。

朝の強張りはあるが、体調は比較的いい。息子が6時半にすっきりと目覚めたので、一緒に起きた。夫から弁当は要らないと前日にメールをもらっていたので、米は炊いていなかった。少し前にカルディで買ってみた米粉のパンケーキミックスで朝食。ねとっと甘いパンケーキだった。夫の反応はイマイチ。ふわふわの小麦粉とベーキングパウダーの匂いのするパンケーキの方が夫の好みだろうことは分かっていた。私のちょっとした食の冒険は、毎度こうして幕を下ろす。

夫を見送った後、洗濯と掃除をして10時頃に家を出た。今日は以前住んでいた家の近くの地域ケアプラザへ。息子が生後半年の頃から木曜の午前中は大抵ここで遊ばせてもらっている。育児相談という名目で、未就園児と親がオモチャのある広い部屋で思い思いに過ごす。いつも同じ保育士さんが1人いて、母親からの相談にのったり、子どもたちと遊んだりしてくれる。引越してからはあまり来ていなかったが、幼稚園が始まる前に、お世話になった保育士さんに挨拶をと思い参加した。この保育士さんが、とにかくさっぱりとした人で、恩着せがましさが全くないのがありがたかった。育児の相談をしても、まず「へーそうなんだー」と笑ってくれる。息子もとても好いているようだった。

友達親子とケアプラザを出てゆっくりと公園へ移動し、いざ遊ぼうと思ったところで、息子が派手に転んだ。段差でつまづいただけだか、走り出したタイミングだったから、手を付くより先にひたいが勢いよくコンクリートの地面にぶつかった。久々の、ケガによるギャン泣き。すぐに、ひたいの真ん中にツノでもはえてきそうな程のたんこぶが出来た。盛り上がった中央を囲んで、火花のような擦り傷。これは痛そうだ。しばらくして泣きやんだが、気持ちがまだ回復しないのか、私の腕の中で涙目のまま黙って遠くを見つめている。息子の友達が頭を撫でたり肩を抱いたりして慰めてくれた。その姿もまた可愛くて、2人まとめて抱きしめた。公園で遊ぶのはあきらめて、近くの友達の家に向かったが、その途中で息子は寝てしまった。

今日のケガはぶつけただけだから、放っておけば治るだろう。息子は顔に跡が残った傷がすでに二箇所、ひたいと上唇にある。転んでぶつけた拍子に切れてしまった傷だ。まだまだ、ケガの心配はしなければならないだろうし、身体が大きくなるにつれて、衝撃も大きくケガも派手になりそうで怖い。

昼寝から起きた後は、元気に遊んで食欲も充分。21時半就寝。

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春の風

晴。

夢見が悪く、深く眠れていない気がする。来週からいよいよ息子は幼稚園へ、私は週に一日、出身大学へ講師の仕事をしに行く。夢の中身ははっきりとは覚えていないが、幼稚園と大学の不安が均等に織り混ざったような夢だったと思う。

今日は、幼稚園で息子の同級生になる子2人とそのお母さんと赤ちゃん1人が遊びに来てくれた。いよいよ始まる幼稚園生活への不安が話題の中心になると思ったが、こう目前まで迫ってくると、不思議とあまりその話にはならない。なるようにしかならないよねと、不安な気持ちを他愛のない話にのせて空中に放しているような、そんな感じがあった。

今の家には、リビングからひと続きになっている四畳半ほどの土間がある。土間の南側に掃き出し窓があって、昼間は土間を通ってリビングに光が入ってくる。今日は窓を開けていたから風も心地よい。その中で子どもたちは縦横無尽に遊んでいた。いい季節だと思える日だった。

先日息子と行った地区センターの壁には「火の用心」や「交通安全」と半紙に書かれた書が貼り出されていた。こういう題材は指導者が決めてしまうのだろうか、感心するほど色気がないのはあえてそうしているのだろうか、などと思いながら、ぼーっと眺めていた。題材に溢れた今日のような日には何と書くのだろう。こんないい日には是非とも清々しい気持ちになれる言葉を書いてほしい。書道は小学生のときに道具を汚しただけの私が言うのも可笑しな話だけれど。

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三渓園

晴。

暖かい気持ちの良い気候。

朝の強張りと痛みは変わらないが、日中は痛みを気にすることなく動けた。

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義姉の一家がイギリスからの帰省の途中に横浜にも立ち寄ってくれたので、一緒に三渓園へ行った。息子は一年ぶりに会う3人のいとこと、嬉しそうに走りまわっていた。あっと言う間に展望台まで登って、池のほとりに降りて茶屋で昼食。池の周りの桜もようやく本腰入れて咲き出したので、見物客も多い。昼食の後は海側の市民公園に移動した。子どもたちは、追いかけっこのようなことをしたり、水場のおたまじゃくしをすくって遊んでいた。いとこたちと息子のコミュニケーションは、走り出すタイミングや笑い声で成り立っているようだった。

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別れ際に息子は大泣きし、自転車に乗せるとそのまま寝てしまった。

子どもたちが小さいうちに、会う機会を多く与えてやりたい。そのためには、お金も時間も必要だが。

息子とイギリスへ行きたい。

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タイトルなし

晴。

今日は何も予定のない日。予定がないから、出来るだけ息子を急かさず、待つ日にしようと決める。あと、天気が良いから出来るだけ外で過ごそう。

ただ、冷蔵庫が空っぽなのでまずは自転車でスーパーへ。最近、スーパーではセルフレジで会計をする。子ども用の踏み台を借りることが出来ることを知ってからは専らセルフレジだ。踏み台に乗ってもスキャナの位置は息子には高いが、スキャナの上に上半身を乗せるようにして目一杯腕を伸ばせば、何とかピッと反応がある。バーコードをピッとすることが、何故こんなにも子どもを魅了するのか。息子は夢中で商品をスキャナにかざしては私に渡す。楽しいのはいいが、時間はものすごくかかるから、空いている午前中の早い時間を狙わなければならない。

買い物から、そのまま近くの公園へ。今日は砂場道具を持ってきていた。最近は大きな遊具で遊ぶことが増えたが、砂遊びもまだまだ楽しいようだ。感覚過敏なところがあるのか、水遊びや泥遊びは積極的にやろうとしない息子。空容器にスコップで砂を詰めて、枝や葉を乗せてママゴトのようにして遊んでいた。水を汲んでくればお団子やケーキも作れるよと言ってみたが、首を振っていた。

気がつくと13時をまわっていた。スーパーで買ったおにぎりとお惣菜を公園の隣の地区センターで食べた。気温が上がってきたので、買った食料品を冷蔵庫にしまうために一度家に向かう。途中、自転車で息子は寝ていた。昼寝は久しぶりだ。昨日の疲れもあるのだろう。今日は予定を入れなくて良かった。

 

息子が寝ている間に母からメールが届いた。実家で飼っている猫が死んだという知らせだった。2匹いるうちの若い方のキジトラの雄。とても臆病で、玄関のチャイムが鳴ると屋根裏に逃げ込んでしまうため、私もほとんど会うことの出来ない猫だった。昨日から急に元気がなくなって、今日はもうほとんど動けなくなっていたという。

わが家にも、老猫が2匹いる。元気だけれど、年長の方はここ数年でぐんと老け込んだ。神経質で怒りっぽい性格も随分と丸くなって、息子にちょっかいを出されても、迷惑そうな声はだすが、噛み付いたりはしなくなった。この猫を飼い始めた時、私は20歳だった。狭いアパート暮らしにも関わらず、里親に名乗り出た。それから何度か引越し、結婚し、息子が産まれた。16年、ずっと傍らにいる。母からのメールで、わが家の猫たちとの別れの日もそう遠くはないのかもしれないと思われて、ただただ寂しい。そしてそれは、おそらく息子が初めて見る死になる。

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花見

晴。

今日は、以前から予定していた高校の同級生3人とその子供たち、息子も含めて7人(上は小3下は2歳)での花見。

通っていた高校の近くの公園で花見をした。桜は三分咲き程度。子供が7人も集まったものだから、何から何まで賑やかだった。息子は普段あまり会わない年もバラバラな子供たちに戸惑って、しばらく私の膝に座って動かなかったが、徐々に年上の子たちの誘いにこたえるようになり、最終的には熱が出るのではと心配になる程のはしゃぎようだった。

彼女たちと出会ってからもう20年も経ってしまったことに改めて愕然とする。苗字も暮らす環境も、取り巻いていることは変わったけれど、顔を合わせれば変わらないと思うことが多い。知りたい近況や知らせたい変化の報告が一通り済むと、話題は目の前の子どものことがほとんどにはなる。ただそれは、20年前は受験や恋愛だったことに置き換わっただけだ。目の前のことを共有して、笑い、話している。顔も声も話し方も変わらない。

楽しい時間だった。

先日、母が大学卒業以来会っていなかった古い友人に会った時のことを幸せだったと話していたことを思い出した。幸せという言葉がひっかかっていた。誰かと会った時のことを、私は幸せとは形容しないだろうと思ったのだ。楽しかったと言うことは出来ても、幸せだったというのは躊躇してしまう。出会ってからの時間の長さの違いか。私は友人たちと変化の途上にあり、母と友人が至った場所にはまだ達していないということなのか。単純に喜びの深さの問題ではないように感じた。

 

身体のこと。

左手首が腫れている。足首足指、腰が夕方から強く痛みだす。一度効果の出た生物学的製剤が効かなくなることはあるようだ。調べてみると薬のエスケープ現象というらしい。

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日記

雨のち曇。

今日から4月。土曜日にあたったおかげで、新年度新年度と追い立てられる感じがあまりしないのはありがたい。

春分の日に日記を再開させてからもうすぐ2週間経つ。

息子が産まれてから、展覧会や映画を見に行くことは年に数回になり、読書もほとんど出来ていない。制作する時間は息子が寝てからの数時間に限られている。今は越してきた家の二階にアトリエを作っている際中で、制作することもほぼ出来ない。そして体調の悪化。これらの状況が日記という行為に向かわせているのだろう。

息子を寝かしつけ、その横でiPhoneでこの日記を書いている。何でもない生活を振り返りながら、言葉を探す。誰かに読まれるかもしれない緊張感を持ちながら、こうして書く時間が、今ではとても重要になっている。

SNSでも試みることは出来ただろうが、そこには独特の作法があり、空気がある。そういう影響を受けずに、方法から試行錯誤したくて、ブログに日記として書くことを再開した。

 

今日のこと。

今日は夫の仕事は休み。天気も悪かったので、3人とも家から一歩も出ずに過ごした。夫は二階の床塗りの作業を進めてくれていた。

息子はよく歌っていた。食べている時とテレビを見ている時以外は、ずっと歌っていたのではないかと思うくらい、今日は特によく歌っていた。息子の声ははっきりしていてよく通る。歌のレパートリーも増えてきた。本人も歌にはなかなかの自信を持っている様子だ。

体調は良くない。痛みが取れない。手首足首が万力で締めつけられているように痛む。関節の中の炎症のはずだか、外圧がかかっているように痛むのは何故だろう。

明日は晴れるだろうか、体が少しでも軽くなってくれるといい。

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タイトルなし

雲のち雨。

身体は痛い。こういう天気の日は仕方ない。

今日は幼稚園入園前の最後の一時保育の日。いつもの先生、いつもの友達だが、息子は浮かない表情だ。昨日の疲れか、天気のせいか、それとも「保育園は今日で一旦おしまいだよ」という私の言葉に、息子なりに思いを巡らせているのか。

息子を預けた後、買い物をして家に戻り、滞っていた諸々を片付けて、皮下注射を打ってしばらく横になった。

昼すぎに来てくれた母に息子のお迎えを頼んで、産婦人科へ定期検査へ。息子がお腹にいた時の妊婦健診からお世話になっているクリニックだ。このクリニックには分娩設備はないため出産は別の大きな病院だった。無事に産まれた息子の顔を見せたくて、子宮頚がんの検査を受けるという理由をつけて受診したら、見事に検査で引っかかってしまった。前がん状態の異形成という診断で、3ヶ月おきの検査を受けるようになって2年は経つだろうか。「すみませんね」が口ぐせの先生。良くも悪くもならない状態は先生のせいではないし、むしろ悪くなっていないのは喜んでいいはずだが、先生は必ず最後に「すみませんね」と言う。

家に戻ると間も無く母と息子も保育園から帰ってきた。

保育園でたっぷり昼寝をした息子はまだまだ元気。21時すぎ就寝。

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